人の言葉や態度にカチンとくることがありますよね。
怒りの感情の現れはそれぞれです。
ある人は他者を責める言葉という表れ方をしますし、
またある人は、黙りこんだり、閉じこもるという、コミュニケーションを断ち切るという仕方で表れるかもしれません。
いずれにしろ、私自身の体験を振り返ってみるときに、
怒りは「自己防衛」からくる反応であることが多い気がします。
自分の中にある不安や恐れゆえに、自分を守ろうとして「怒り」という感情が表出してくるのです。
ですから、自分は何を恐れ、何にに不安を感じているのか、というその部分に光をあてて、
そこに手当をすることが、怒りをコントロールすることにつながるでしょう。
その恐れや不安の原因として、可能性があるのは、自分自身の存在価値に対する不安です。
自分の価値を否定されるような言葉や態度によって、恐れを感じ、自分を守るために、怒りが表出してくることはないでしょうか。
親がこどもの態度や言葉にカチンときて、「親に向かってその態度はなんだ」という怒りは、おそらく、親としての自分の存在に不安や恐れを感じさせられているからでしょう。
夫婦の関係、学校や仕事など、あらゆる人間関係などにおいて、
人の言葉や態度で怒りを感じた時のことを良く考えてみれば、
その態度や言葉によって、自分の存在価値が否定されたと感じたからではないでしょうか。
聖書は、人はかけがえのない神の作品として、価値ある命として存在していると伝えています。
このことを信じることができれば、
自分というかけがえのない存在価値を、人の言葉や態度に委ねてしまうことから、開放され、
人がなんと言おうとも、自分の価値は引き下げられないので、怒らないでいられるようになるのではないでしょうか。