やさしいキリスト教入門

<4>「聖霊」ってとっても重要

投稿日:2018年1月1日 更新日:

あなたは「目に見えないものは信じないぞ、 自分の目でみたら信じてやろう」というタイプでしょうかね。

さて、じゃあ空気は目に見えませんけど、どうしましょう。ないんですかね。

電波も目にはみえませんねぇ・・・。え、機械で計測できるものなら、「ある」と認めてもいいんですかぁ。

では「心」はあるんですかねぇ。脳波をはかれば、心はあるといえるんですかねぇ。

「心」を直接計測する機械が発明されるまでは、「心はない」ということにしておかないといけないんじゃないですかね。

 

理屈っぽくてすいません。でも、気づいてほしいんですね。人間が見ている世界なんて、実に狭いのだ、ということを。

 

さて、今日お話ししたいテーマは、「聖霊」なのです。

キリスト教は、神は「聖霊」として今も働かれていることを信じる宗教です。

 

「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」新約聖書 ヨハネによる福音書4章24節)

 

ただ、「霊」という言葉を聞くと、とたんに「いかがわしさ」を感じてしまうでしょう。とくに現代人はね。

「人間が認識できないものは考えないことにしよう」ということを言ったのは、たしか近代哲学、合理主義の父、デカルト。

この考え方に、わたしたちはかなり洗脳されていますからね。

数字で表せないこと、実験で再現できないこと、人間が認識したり実証できない、その最たるものが、

この昔からいわれてきた「霊」ということ。

なので、「霊」に関しては、考えないことにしよう。

そういうことだったと思うんですよ。

 

実証も証明もできないんだから、「なんだって言えてしまうあぶない領域」として「トンでも扱い」されていたんじゃないかと思うんですよね。

でもあえていいたい。「そんなに人間様の認識ってすごいんですかね。そんなにえらいの」と

人間の目に見える「可視光線」や耳で聞くことのできる「周波数」の範囲って、実に狭いんですよ。

もうすこし人間の限界を認めて、謙遜にならないとね。

さて、聖書の神は「聖霊」として、この世界、そしてわたしやあなたに働きかけている。それが聖書の教えです。

 

ですから、キリスト教信仰はただ神を「主」と信じ、「救い主キリスト」を「イエス」と信じて終わりじゃないんですよ。

そこで終わってしまったら、それはただの頭の中で知識でしょう。

そういう神様に対する考え方を、わたしは認めていますよ、というだけの話。

そんなんじゃ、今を生きる力にも、希望にもならないでしょう。

キリスト教信仰は、「主」を信じ「キリスト」を信じ、

そして、その「主」「キリスト」は今も「聖霊」によって

この世界に、そしてわたしに働いて下さっている。

これを信じ、味わい、体験する「ダイナミックな信仰」なのです。

 

風は目に見えないけれども、風が吹くと木が揺れて、葉っぱが舞い散り、「カサカサ」と音がするでしょう。

聖霊も「風」や「息」に似ているんです。

聖霊が働かれると、人が動かされ、その人の口から、「イエスはわたしの主です」とか、「イエスさまは私と共にいてくださいます」とか、そういう言葉が出るようになる。

頭の中の知識ではなくて、日々の生活のなかの体験として、「主は今も生きて働いて下さっている」ことがわかるわけです。

「目に見えないものは、ないんですよ」という「洗脳」から解き放たれて、

あなたも生活のなかで働かれている、神の霊。「聖霊」の働きに、心をひらいてみませんか。

 

「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」(ヨハネによる福音書3章8節)

 

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しゅういち

牧師を20年以上しています。哲学、神学、心理学、カウンセリングなどの学びと、沢山の人との出会いを通して学んだことのエッセンスをお伝えします。

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